皆さんは三体というSF小説をご存じでしょうか?
三体は、中国のSF作家である劉慈欣(りゅう・じきん)氏による長編SF小説で、アジア人初のヒューゴー賞を受賞した傑作小説です。世界全体での累計発行部数は2900万部に到達するほどの人気を誇っています。
また日本語版は早川書房より発売され、日本でも爆発的なヒット作となっています。ネットフリックスとテンセントで実写ドラマも作られました。
ただその絶賛ぶりとは裏腹に、いざ小説を読んでみると「つまらない」「期待したほど面白くなかった」と感じる人は多いようです。難解な筋書きに挫折してしまった人も多いとか。
今回は小説版三体がつまらないと感じて挫折してしまった人に、テンセントのドラマ版をおすすめする理由を挙げてみたいと思います。
三体ってどんな作品?
三体は、中国を舞台にした本格的SF小説です。
文化大革命で肉親を失った天体物理学を専攻する学生、葉文潔(よう・ぶんけつ)は、軍事施設である紅岸基地に配属されます。巨大なパラボラアンテナによって西側の情報収集衛星を破壊する基地というのは表向きで、実は異星人とのコンタクト(いわゆるSETI=Search for Extra Terrestrial Intelligence=地球外知的生命体探査)を目的とした施設でした。
葉文潔は、この施設で働くうちに異星人である「三体星人」との接触に成功し…というのがあらすじとなっています。
中国国内で圧倒的な支持を受け、ヒューゴー賞の長編小説部門を受賞。Facebook社のマーク・ザッカーバーグやバラク・オバマ、メタルギアシリーズで知られる小島秀夫など著名人の愛読者が多いことでも知られています。テンセントでドラマが配信されたほか、ネットフリックスでもドラマシリーズが製作・配信されています。
小説版三体をなぜつまらないと感じてしまうのか?
20か国以上の言語で翻訳され、全世界累計発行部数は2900万部を記録。アマゾンの日本語版には5885件ものレビューが書かれ、その評価は4.4点という高評価です。
ただ実際に読んでみるとつまらなく感じた、期待したよりは面白くなかったと感じた人も多いのではないでしょうか?読み進めるうちに挫折してしまったという方も多い本作。その理由をあげてみたいと思います。
三体の登場人物をつまらなく感じてしまう
三体を読んでみるといまいち物語に感情移入ができません。これは登場人物に魅力が感じられないことが大きな理由です。
中盤以降物語の主役となる汪淼(ワン・ミャオ)は、何を考えているのかはっきりしません。
自らに振りかかった災難に対してVRゲーム「三体」をプレイすることになりますが、読者に三体世界を説明する役割に過ぎず、自ら主体的に行動を起こすことをしません。では巻き込まれ型の主人公で物語がどんどん転がっていくかといえばそんなこともなく、ひたすら読者に三体世界を説明するためVRゲームにログインを繰り返すだけの存在になっています。基礎理論の学者という肩書が物語に起伏を生まず、悪いほうに出てしまっています。
また真実を知ると思われる申玉菲(シェン・ユーフェイ)は喋らないキャラなのですが、その特徴が彼女を引き立てるアクセントになっていません。
「エヴァンゲリオン」の綾波レイや「後宮小説」の江葉のような、喋らないけれど時折見せる感情やエピソードの感動的な描写もなく、あっさりと退場してしまいます。
酒見賢一氏の後宮小説に登場する江葉は、普段面倒くさがりで口数の少ないキャラですが、終盤戦いに不馴れな女性達に銃器の使い方を丁寧に教え、生き抜くために涙ぐましい努力をするさまは屈指の名シーンです。
魅力的に思えた史強(シー・チアン)は、ハードボイルド風で活躍しそうでしたが、要所要所で突然登場するだけのキャラです。
インパクトが強い人物だけにもったいないと感じました。
魏成(ウェイ・チョン)もとてつもない天才にもかかわらず、その役割は三体問題を説明しているだけです。
彼の天才ぶりを長々と描いたわりには、その数学モデルはあっさりと否定されてしまいます。こちらも史強と同じくもっと彼の活躍が生きる展開なら、物語に起伏が生まれたのにもったいなかったです。
全体的に分厚い長編小説にもかかわらず、日常的な生活感や会話描写が少ないため、登場人物が平坦で物語に入り込みづらいのが、三体をつまらないと感じてしまう大きな原因だといえそうです。
三体に出てくるVRゲームをつまらないと感じてしまう
汪淼が何度もログインしてプレイすることになるVRゲーム「三体」。
読者に三体世界を説明する重要な役割を担っていますが、はたしてそのゲーム内容がスムーズに説明されていたかといえば疑問符がつきます。
三体世界は、地球人とはまったく異なった社会が魅力的ですが、そこに始皇帝やらニュートンやら地球の歴史上の人物を出す必要があったのかどうか。なぜ三体世界に地球人がいるのだろうかと気になってしまいます。
3000万の軍隊を使ってコンピュータを再現させるところなどは面白いのですが、その他の部分はひたすら冗長な描写が続きます。もっと簡潔にできるでしょうし、三体を読む上でのハードルになっているのでは、と思いました。
三体の説得力のなさがつまらないと感じてしまう
三体には読んでいるうちに疑問に感じる点がいくつかあります。
科学技術に関しては門外漢なので気になりませんが、ストーリー上で「ん?」と立ち止まってしまう部分がいくつもあります。
なぜ科学者が何人も自殺したの?
物語の序盤に物理学者が次々と自殺していき、それがストーリーの導入になっていますが、なぜ物理学者たちが次々と自殺してしまったのか?「物理の法則が通用しないから」だとすると自殺の根拠としては弱すぎます。
知識人は人類滅亡をそんなに望むのか?
葉文潔ほどのバックボーンがあれば、「人類なんて滅んでしまえばいいのに!」という思考になるのは理解できます。ただそれが知識人たちに広まり、多数の賛同者を生み、無視できない勢力になり、となると話は別です。なぜ知識人たちに終末思想が広がるのか、その過程が簡略化されているので腑に落ちません。
重度の放射線被爆からそんなに早く回復できるのか?
史強は三体協会メンバーとの争いの中で、重度の放射線被爆を被りますが、わずか2日間の洗浄であっさりと復帰します(その後白血病に罹患しますが)。
爆弾が核分裂に失敗したから放射線が微量だったのかと思いましたが、本文には「重度の放射線被爆」と記載されています。放射線被爆が軽傷として描かれていることに違和感を感じてしまいます。
三体の科学技術描写がつまらないと感じてしまう
三体にはその物語の性質上、どうしても物理学の記述や難解な科学用語が頻繁に出てきます。
数学、物理学、宇宙理論、量子力学など多岐にわたる専門分野の内容がかなり詳しく語られますが、SFファンならともかくエンターテイメントとして楽しみたい素人の読者には敷居が高いものもあります。
三体に挫折してしまった人には長々と続く説明が退屈だと感じられたと思います。
小説版三体を挫折した人にドラマ版三体をおすすめする理由
テンセントは中国の巨大IT企業でSNSやゲーム、映画事業を手掛けています。
そのテンセントが作ったドラマ版三体、実はかなり良くできていて小説をつまらないと感じた人、挫折してしまった人にもぜひ見てほしい作品に仕上がっています。
2025年4月現在、Amazon Prime VideoやUnextで視聴可能です。
ドラマ版三体は登場人物が魅力的
小説版では登場人物に関する描写が少なく、日常的な生活感や会話描写が少ないので物語に入り込みづらいと書きましたが、ドラマ版ではその弱点が見事に克服されています。
小説版では三体世界を説明する役に過ぎなかった汪淼をストーリーの軸に据えたことで、彼を中心に物語が進んでいくのでとても理解しやすい内容となっています。史強といつも一緒にいるのでバディ感が強くなり、その二人を取り巻く登場人物たちが生き生きと活躍します。
登場人物にもアクセントがちゃんとつけられていて、ミステリアスな雰囲気をまとった申玉菲、10人力の仕事をする徐冰冰(シュー・ビンビン)とキャラ付けがしっかりしています。オリジナルキャラの慕星(ムー・シン)もストーリーを補完する役目を果たしていますね。
また出てくる俳優たちがイケメン、美女揃い。特に若き日の葉文潔を演じた王子文さんはめちゃくちゃかわいい。まあそのせいで科学者に見えないのが難点ですが。
あと日本人には文字情報として登場人物の名前が頭の中に入りづらいというのがありますが、そこはドラマ版。映像情報(役者の顔)と音声情報(役の名前)がセットで入ってきますので、苦痛ではありません。
VRゲームの映像がすごい!
今回ドラマ版三体の製作費を調べましたが分かりませんでした。
しかしVRゲームの映像シーンを見るだけでとんでもない金額がかかっているのが分かります。今やいろいろな映像作品でCGが使われるのが当たり前ですが、長尺の映像をCGで作成し異世界を違和感なく表現しているのが驚きです。
また役者陣の多さ、丁寧なカット割り、多様な場面構成など手間暇かけて作られているのが画面から伝わってきます。
はたしてこのクオリティで第2部以降製作できるのか、というか第2部以降作られるんでしょうか?そこは心配な部分ですね。
説得力を持たせた脚本
小説版で感じた「なぜ科学者が何人も自殺したのか」「知識人は人類滅亡をそんなに望むのか」というのはそれほど話としてクローズアップされていないので、気になりません。もちろんそこがうまく説明されているわけではないのですが、ストーリーがどんどん進行していくので次はどうなるんだろうという興味が勝ります。
また史強が放射線被爆をする場面はありますが、それも放射線被曝という言葉が強調されていないため回復が早いのもすんなりと受け入れられます。
科学技術描写が少ない
実はこれがドラマ版をおすすめする最大の理由です。
小説版で挫折する最も大きな理由はチンプンカンプンな物理学や量子力学の説明が多いところではないでしょうか?好きな人にはたまらないのでしょうが、個人的にはさっぱり理解不能で、ほとんど読み飛ばしてしまいました。
ドラマ版ではそのような説明はほとんど削られているので、話の筋が入ってきやすいと感じられると思います。ただそのようなドラマ版でも序盤はやはりつまらないと感じます。
面白いのは第5話「宇宙の瞬き」あたりからでしょう。そこから話が進み始めるため、どんどんドラマに没頭できます。30話のクライマックスまで本当に楽しく見ることができました。
(正確には終盤、予算の都合かほとんど場面転換がない話がありますが、そこまで行けば最後まで見ずにはいられなくなっているはず)
まとめ
以上、小説版三体がつまらなく感じる理由とドラマ版をおすすめする理由をまとめてみました。
小説版をつまらないかのように書いてしまいましたが、優れた小説であることは間違いありません。第二部からますます圧倒的な物語となるので、この奥深い三体世界と人類の遭遇がどうなるか、わくわくしながら楽しむのがおすすめです。